昭和21年9月の初め頃の夕刻のことである。市谷八幡の近所の坂の上で、空襲で焼け落ちた屋敷の前に佇む佐伯一郎の前に川地謙三の戦友だという復員兵が訪れた。その男は金田一耕助、彼は川地はニューギニヤで戦死したが、死の直前まで昭和18年春に起こったある事件について心を悩ましていたと言った。そして彼は自分と話し合えば事件の謎が解けると言った。金田一はまず、佐伯に由美という女性について語って欲しいと頼んだ、これは川地の願いでもあった。佐伯は昭和17年春頃に自殺した由美について語り始めた。由美は8歳で母親に芸者屋に売られた後、9歳のときに佐伯に引き取られて、将来の妻にすべく育てられた美しい女性であった。彼女の周囲にはいろんな若い男が集まり、その内の1人が川地であった。由美と同様に孤児だった川地は横浜で育った不良少年で、類い稀な美少年であった。昭和16年の夏の初め、当時36歳だった佐伯に赤紙が届き、彼は21歳となった妻の由美を4人の友人、川地・五味謹之助・志賀久平・鬼頭準一に託して戦地に赴いた。
そして左足の膝から下が義足になり、佐伯が帰ってきた昭和17年の春、1週間後に由美は服毒自殺を遂げた。遺書も遺言も残されていなかった。1年後の春、佐伯は前述の4人を由美の命日の前から自宅に招き、一周忌の法事を行った。みんなで飲みまくり酩酊しながら、佐伯がジンを皆に配った。すると、それを飲んだ五味が死んだ。五味のグラスにだけ青酸カリが入っていたのである。最初に疑われたのは佐伯であったがグラスが皆に配られるまでには、来客が来たり、酔った男がグラスを入れ替えたり、予見不可能な事があったので、すぐに容疑から外された。それでは青酸カリはグラスが配られてから混入されたのではということになり、五味のそばにいた川地が疑われることになった。さらに川地が自分のグラスをこっそり五味のグラスとすり替えたことも判明し、疑いは濃厚なものとなった。しかし、そのすりかえの理由がグラスに短い髪の毛が浮かんでいたということだったので、もしやそれが毒入りの目印なのではということになったが、グラスが配られる過程を考慮しても、やはり青酸カリはあとから混入されたということになった。しかも、川地のかばんには、青酸カリの入った小瓶が入っていた。川地の疑いは濃厚なものとなったが、たまたま川地は用事で事件の前夜から他の家に泊まっていて不在であり、青酸カリ入りの小瓶の入ったかばんを佐伯家に置いたままであった。その不在の間に佐伯の愛犬のネロが血を吐いて死んでおり、調べると餌に混ぜられた青酸カリによる中毒死だった。その食物は佐伯家の爺やが朝起きてから作って与えたものであり、何者かがネロに小瓶に入ったものを食物に混ぜて食べさせて、その効果を試してから人間に用いたのではないかということになり、そうすると川地にはネロに青酸カリを飲ませることが出来ないことから彼の疑いは晴れた。
結局、爺やの証言からネロの食物を用意した後、五味自身が台所に出入りしていたことが判明し、五味の自殺説が浮かび上がってきた。さらに当時の五味は、勤めていた商事会社が潰れて生活に困窮し、健康も害していたことから自暴自棄となり自殺もしかねない状況にあった。そのことから、事件は五味の自殺として処理された。しかし、この解決に満足していなかった川地は青酸カリ入りのグラスは自分に配られたもので、自身を殺そうとしたのは佐伯であると金田一に語っていた。佐伯の戦争中に、由美を犯して性病を伝染(うつ)し彼女を自殺させた犯人は川地であると、佐伯は誤解しているのだと。佐伯は、もしそうだとしてどうやってやったというのかと尋ねると金田一は言った。「不可能ではありません。もし、あなた自身も毒を飲むつもりだったとしたら……」この推理を聞いた佐伯はそれを認め、川地が由美を犯した犯人と決めつけた理由を話した。美少年で女たらしという偏見と由美が川地の額に接吻をしたのを目撃していたことから、犯人は川地以外にいないと思っていたのだ。金田一は、川地が青酸カリを持っていたのは五味こそが由美を犯した憎むべき犯人だと知り、復讐のために毒殺しようとしていたと佐伯に語ると、佐伯は頑なに川地を大噓つきの犯人だと罵った。すると復員者風の男は、佐伯に彼が知らなかったある事実を語る。実は川地は由美が2歳の頃、情夫と駆け落ちした生母が産み落とした父親の違う弟だった。佐伯は相手を間違えて殺したと思っていたが、偶然ながら川地と二人がかりで真の由美の仇を討っていたのだった。謎を解き明かして、金田一は瀬戸内海の孤島「獄門島」に急ぐ為、去っていった。・・・幕

NHK-BSプレミアム、シリーズ横溝正史短編集 金田一耕助登場!第3夜。本作は『獄門島』事件の直前を描いた物語であり、ラストが『獄門島』へと繋がる形となっています。オイラ的には、久しぶりに見た帝都物語の加藤が懐かしかったね。彼の回想録から始まり、金田一が捕捉しながら謎解きをしていきます。小粒なフツーな作品でしたね。

2016年 日本 ★☆
演出:渋江修平
原作:横溝正史
撮影:杉中敏行
朗読:柳俊太郎
出演:池松壮亮 金田一耕助
嶋田久作 佐伯一郎
コムアイ(水曜日のカンパネラ)佐伯由美
ゆってぃ 五味勤之助
マギー審司 志賀久平
柳俊太郎 川地謙三
白仁裕介 鬼頭準一